風が冷たい中、桜が舞っていた。
 すでに世は春の気に包まれているが、白玉楼だけはまだ冷たい気が漂っている。しかし
桜の方はすでに陽気を吸ったか、活き活きと咲き誇り、宝石のように花を振りまいていた。
 その陽気に当てられるように、漂う霊魂やこの死地にやってくる物好きも、酒気を振り
まいて賑やかにしていた。いわゆる宴会である。
 日頃は博麗神社で行われている宴会であったが、とある魔法使いが酔った勢いで弾幕勝
負を仕掛け、その余波で桜を全部散らしてしまったために、急遽こっちへと会場を移すこ
とへとなったのである。

「桜は死の花、って誰が言ったんだったかな」

 宴会の一角、一番外れで静かに杯を持ち上げて、藤原妹紅は思い出すような素振りで呟
いた。飲む酒の対手は、同じく余り騒がない性質の上白沢慧音である。
「さてな。潔く散る、と見立てられてからかも知れんが。しかしここの桜も乙なものだな。
博麗神社とは違った趣がある」

 立ち並ぶ数千樹の桜、全てが薄墨桜である。鮮やかな赤とすこし煙った白が織り成す色
彩は幻の如く、二人も宴会に騒ぐ者も押し包んでいる。時折抜ける風が落ちた花を舞い上
げて弾く光景は、雲が立ち上っていくのにも似ていた。

「そうだね。私はこっちの方が好みかも。派手なのも悪くはないけど」
「同感だ。……さて、もう一献」
「おっと」

 そっと杯に注がれる透明に揺れる酒気。妹紅は一息に飲み干して、にっこりと笑った。
顔はほんのりと桜色に染まっていた。

「じゃ、返杯」
「応」

 お返しにと再び銚子が傾けられる。慧音もさらりと飲み干した。

「……うん、やっぱり強いんだ。顔色一つ変わってない」
「まあ、妖が半分だしな。よほど強くない限りはそうそう酔わんよ。……私としてはお前
がそんなに強くないというのが信じられんが」

 同じ蓬莱人のあいつは酔わないじゃないか、といいながら慧音は再び妹紅の杯へと銚子
を傾けた。

「永琳はね。薬とか毒とか効かないらしいし。姫と一緒に酔えないのが残念だってさ。酔
えるようになる薬くらい作れそうなのにね」

 今度はゆっくりと飲んで、妹紅。確かにここの面子で比べると分が悪いが、それでも一
般的な目から見れば鬼のように強い。里一番の大ざるがあっさりと負かされる程度には。

「その薬が効かないのだろうよ。……しかし、その姫のほうは滅法強いようだが」
「そうね。すごく理不尽」

 苦渋の顔を浮かべて、慧音へと返杯。そういえば飲み比べではほぼ全敗だったことを思
い出してしまったらしい。
 と―――
 ふと、熱を持った頬に何かが当たった。
 妹紅は思わず頭上を見上げた。
 空が白く煙っていた。

「ありゃ、雨か」
「む、いかんな。傘を持ってきていて良かった」

 ぽつぽつと紙に点を打つような水が少し降ると、その後は霧のように空から雨が注ぎ始
めた。春の天気はかくも気まぐれである。
 傘を差した慧音が周りを見回すと、あちこちで騒いでいた連中も泡を食ったように支度
している。まあ、この程度で宴会を止める連中ではないので、おそらくはここの屋敷を借
り受けて続行するつもりなのだろう。主催しているあの魔法使いならやりかねない。

「さて、私たちはどうするか」
「……なんとなく帰る気にはなれないわね。雨といっしょの桜もいいな」

 慧音はそうだなと頷き、くるりと傘を回して天を指した。ぱちぱちと傘の表で雨の弾け
る音がする。

「って、妹紅、入らないのか?」
「だって春雨よ。濡れて帰りたい」

 そういって、くるりと身を躍らせた。水を吸った鮮やかな銀色がゆったりと舞う。雨に
はしゃぐ子供のような笑顔で、妹紅は雨と桜が踊る中を楽しそうに歩いている。
 綺麗だ、と自然に思った。

「……だが、服が透けているぞ」
「え、あ、わわわ」

 苦笑して慧音が指摘すると、妹紅が慌てて慧音の隣へと駆け寄って傘の影に入った。風
流といえど、さすがに肌をさらしてまで貫くような酔狂はない。

「もうちょっと早く言ってよ、もう」
「いやなに」

 見とれていた、と呟く。
 妹紅の顔が鮮やかな赤に染まった。桜にも負けていない。
 かすかに湿った音を立てて土を踏むのに合わせて、並ぶ桜がゆっくりと流れていく。
 屋敷へと向かう列の最後尾に二人はいる。

「……ん?」

 ふと、暖かい感触が慧音の傘を握っていない手を包んだ。
 ちらりと視線を流すと、妹紅の手が絡んでいた。

「どうした?」
「いや、ね」

 らしくもないことだけど、と妹紅が前置きする。

「いつまで続くのかなって。こういう楽しいことが」
「……」

 かすかに慧音は息をついて、妹紅の言葉へと耳を傾けることにした。
 相槌は不要である。なくとも互いにちゃんと伝わっていると、当然のように考えている。

「私は―――なんというか、慧音がいないと駄目だったな。たぶん今も。色々と迷惑かけ
どおしだしね。だから、いつまで一緒にいられるのか、ってそんなことを考えちゃった」

 そうか、と慧音は小さく頷いた。
 らしくないな、とも思う。
 当然かも知れないな、とも思う。
 永く生きて、無限に近い知恵を得ようとも。その芯は未だに童女のように繊細である。
 だから、慧音は淀みなく答えられた。

「……少なくとも、生きている限りはどこにも行かないさ。私とて、往生など忘れてもい
いくらいに長く歩ける」

 ―――私も同じように、共に歩いていける友を見つけたのだから。
    離れるつもりはない。
 里で人と共に暮らすがゆえに、慧音は一線を引かざるを得なかった。
 信頼と友愛はあるが、そっと心を許せるような相手には余り恵まれなかった。
 たえず流転する人の身では、彼女の弱さを受け止めきれないのだ。
 出来たとしても、先立たれる悲しみという壁もある。
 つまるところ、限界があった。
 妹紅という存在は、慧音にとっては理想であった。
 少々利己的に過ぎるかも知れないと嫌悪したこともあったが、妹紅は笑ってこういった。

『好きでいてくれるならそれでお釣がくるさ』

 元がどうであれ心底好いていてくれるのならば恥じなくていい。まるで天気の話をする
ようにさっぱりと答えてしまったのである。
 なんというか、悩んでいるのが馬鹿らしくなった。里を護るようになってからの悩みは、
あっさりと吹っ切れてしまったのであった。
 こういうどこか生の悟り方という点において、慧音は妹紅に遠く及ばないと考えていた。

「そっか。……でも寿命以外だと死んじゃうんだっけ」
「まあ、試したことはないがな」

 試していたらここに住み着いている。
 妹紅は何やら考え込んでいる。
 そういえば、と慧音は思い出した。
 彼女はなかなか義理堅い。受けた恩義はきっちり返そうとか、仇で返したら死罪とか、
そんな風に厳しく考えている節がある。慧音に受けた世話も、どうにかして返そうと良く
考え込んでいることが多かった。だから、たまに里の手伝いなどへと彼女を駆り出させて
もらっていたが、それでも足りないようだった。

「よし、決めた」

 ややあって、妹紅は顔を上げた。
 ようやく屋敷の玄関が見えた頃である。

「私が慧音を護るよ。怪我したり死んだりしないように。多分、それが私に出来る一番の
恩返しで、友達としてできること」
「―――」

 微笑んで真っ直ぐ視線を向ける妹紅に、小さく胸が高鳴った。
 慧音としては考えもしなかった言葉である。
 自身が人間を護るのはほとんど当然だと考えていたが、誰かが護ってくれるとはあまり
意識していなかった。荒くれた妖怪を払うときにはよく傷を負うし、妹紅とかの姫との諍
いに割り込むときも生傷が絶えないが、それも当然だと考えている節があった。
 ―――気がつかなかったが、やはり心配してくれていたのか。

「……ああ。それなら、私の背中を預けることとしよう。次から手伝ってくれ」

 断るという考えなど微塵も浮かばなかった。
 なにより、自分からそう言ってくることが嬉しかった。

「……まあ、とりあえずは竹林を焼き払うことと喧嘩する数を減らしてもらうけど」
「げ、薮蛇?」

 思わず声に出して笑う。
 気付けば雨は止んでいて、つないだ手は雨と桜の花で濡れていた。
























「……おのれ怪人ウシ娘、私のもこたんとあんな仲よさそうに手をつないで……ッ!」
「姫の日頃の言動からしてそれは仕方ないかと」
「なんで!? 昨今の流行であるツンデレと小悪魔的魅力を醸し出してアピールしまくっ
てるのに!?」
「ですからそれが過激すぎるのかと」
「ギギギギギギギギ」
「……しかし、少し羨ましいわねぇ。あの強く結ばれた友情はやがて強く芽を出す花のよ
うに恋を育み、そして二人は……うふふ、私も若い頃が懐かしいですわ」
「永琳、なんで鼻血? まあそれはそうとしても、あの半獣ときたら私が妹紅を酔わせて
その隙にキメようとしたときも妨害したのよ」
「それは……まああのときの姫の痴態を見れば当然かと。
 ところで、あの優しい半獣をどうする気ですか?」
「死刑」
「……ますます嫌われますわね」
「ギギギギギギギギ」








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