「来たよ慧音ー……っていないのか」

 里を見下ろすようにたたずむ小さな庵。

 その伽藍とした部屋に、訪ねた妹紅の声だけが空しく響いた。火鉢は起きて紅い炎をち
らちらと浮かべ、文机の上には書きかけの巻物が筆や硯とともに寝ている。出かけるにし
てはやや散らかっている。隣の書庫にでもいるのだろうか。

「ま、すぐ来るだろうし、待つかね」

 妹紅はいいながら、履いていた草鞋を脱いで座敷へと上がる。広さや構造は妹紅の構え
る庵と同じだが、囲炉裏の代わりに土間があるのと、床に畳が敷かれているのが異なった
点となっている。要は少々豪華。慧音が里の人間に信頼されている証でもあった。

「にしても……いいなあ、畳。永遠亭から何枚か引っぺがしてこようかしら」

 ごろりとだらしなく寝そべって物騒なことを呟きつつ、妹紅は何気なく部屋を見回した。
本人の人柄を忍ばせる整然とした空間は、どこかひんやりとした印象を覚える。火鉢はあ
るのだからそれは妹紅の気のせいと言えるが、もう少し散らかしてもいいのでは、とも感
じられる。

 と、そこに違和感が一つ。

 掛けていたのが落ちたのか、慧音の帽子が一つ転げていた。大陸風の意匠を施した、丈
夫そうな青色をしている。たしかいつも欠かさず被っている。とすると、これは予備か何
かだろうか。

「ふむ」

 なんとなく手にとると、妹紅は身を起こしてそれを頭に乗せてみた。

 不思議な感触。なれない重みが首へと沈むが、それが心地良いとも感じられる。

 ふと姿見に目を向けると、そんな妹紅の姿が映っていた。

「……えへへ」

 なんとなく頬が緩む。自分が慧音になったような、というのは少々誇張が過ぎるものの、
自分と自分の知っている人間が入れ替わったような感じがして面白い。

「慧音の帽子〜……♪」

 興が乗ってきたのか、妹紅は姿身の前に立つと、くるりと身を翻してみたり、慧音の立
ち振る舞いを真似したりし始めた。その様子だけを見れば、歳相応の少女である。

 考えて見れば、彼女が子供らしく居られたのはほんの数年、その後は普通の人間が経る
には過酷な生である。そう考えると、ことあるごとに現れる子供っぽさにも無理はない。

 が、そんなほんの少しの至福も。






「ただい…………何をやっているんだ、妹紅?」
「はうあ――――――――――――――――――――――――っ!?!?」






 我に返ってしまえば、一気に地獄に叩き落されてしまうのであった。

 どっとはらい。






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