深い夜、行く年が終わる時刻まで半刻を切った静寂の中で、悼むように遠雷の音が夜気
を振るわせ続けている。除夜の鐘、新たにくる年のために祓えを伝える音色は、祝いとも
とれる響きにも聴こえる。
 どちらにしても意味合いは同じく、去り往くものに別れを、歩み来るものに歓迎を示す
のであれば、その音は好ましい。
 こと、一応は神職を司る巫女、博麗霊夢もそれは同じだった。
 今日はそこそこ広い神社の中、一人だけでこたつに足を突っ込んでお茶を飲んでいる。
 いつもは百鬼夜行が舞踏会でもやっているような喧騒、こと聖夜にてもそんな祭りめい
た状況下にある神社において、今日だけはまさに特別だった。
 湯飲みに指を当てて、そっと茶を口に含む。これも特別、貴重品の玉露である。
 静かに振り子を揺らす時計を見ると、歳をまたぐまで残り四半刻。今年もあとわずか。

「…………はぁ」

 小さく息を吐いて、お茶の温かみを楽しむ。
 除夜の鐘もあと少しで終わる。今はその音で身を清めて、打っておいた蕎麦も食べれば
それで終わりだ。これにて目出度く今年は時の彼方に還り、新たな年をその座に置く。
 それまで、静かに過ごせればいいと、霊夢は静かに思った。

 ただ、その想いは数分の後にあっさり破られてしまうのだが。

「よう、メリークリスマス」
「遅いわよ」

 がらりと締め切った障子が開かれる。冷たい夜気が差し込んで、背筋を撫でていく感触
に身震いした。
 喪中のような黒い服に乱痴気騒ぎみたいな性格をした魔法使いである。
 霧雨魔理沙。付き合いの長い『たぶん友人』だった。

「珍しいな、こんな静かな神社。誰か死んだか?」
「あんたが騒がしいだけよ。紅魔館辺り、宴会じゃなかったの?」
「そんな気分でもあるが、お前の春い顔を見たくなった。まあ血みたいなワインよりも水
みたいな焼酎というやつだ」
「はいはい。蕎麦ゆがくわね」

 魔理沙がずかずかとこたつに足を突っ込んで、被っていた三角帽子を投げて部屋の隅に
転がしたのを見ると、霊夢はため息一つを吐いて予定より食べる量を減らさずを得ない蕎
麦を茹でに行った。
 汁を濃い目に作っておいて良かった、そう思った。





「そういえばさ」
「なによ?」

 ややあっさりめの蕎麦を図々しく平らげて、横になっている魔理沙はそんな風に切り出
した。時刻はのこり十分。除夜の鐘はきっちり終わっている。今ごろ里では厳かに宴を待
っている頃だろう。

「こんな風にしてて、寂しくないか?」
「…………」

 また意外な質問事項だ。霊夢は顔に出さず、食後の茶をすすった。五杯目。さすがに薄
くなってきた。新しいのは魔理沙にあまり出したくないから我慢した。

「ほれ、いつもは阿呆みたいに騒がしいだろ」
「その元凶」

 霊夢は魔理沙を指差した。実に無駄のない動作だった。

「気にするな。今日は静かだぜ。こっそり蕎麦食ってこっそり年越しだ。
 ……で、だ。お前、やたら誰かが来るくせに自分から出向くこともないだろ。せいぜい
が楽しそうなことが起きたときくらいだな」

 そういわれて、霊夢は初めて自らを省みた。

 自分から出向くことは、たしかにない。
 大抵は妙に大きな異変のときくらいだし、それ以外は妖怪人間問わずの来客を迎えてい
る程度だ。自分から誰かの場所に行ったことは確実にない。
 その異変にしても―――

「異変は私が解決しなくちゃいけないでしょ。大事なお仕事だし」
「たいがい只だがな」

 なんだか怖い目で睨まれて、魔理沙は身をすくませた。
 口は災いの元。

「……そういえば、出かけるなんて考えてなかったわね。特に用事もないし」
「友達なら、招き招かれるもんだろう。その点じゃお前は少々おかしい」
「招かれざる客の言うことじゃないわね。おかしいかしら?」
「家に上げるのは私も好きじゃないがな。それでも例外はいるぜ。アリスとか……ってひ
ょっとしたら一人だけか?」

 首をかしげながら言う魔理沙を見て、霊夢は彼女のことについても考えてみた。
 そういえば、まるで逆だな、と。
 魔理沙は魔法の実験がどうの、というときだけは家に篭っているが、それ以外はあまり
いることはない。幻想郷中を文字通り飛び回っている。おかげでそれなりに交友範囲も広
い。訪れられる方はそれなりに迷惑だろうが。それでも不思議と馴染んでしまうのは人格
だろうか。迷惑な魔法使いである。
 さて、自分は―――

「その前に、最初の質問に答えるわね。せっかくだし」
「ん?」

 いきなり切り出されて、魔理沙が目を丸くした。
 霊夢がそっと立ち上がって、急須を持つ。お茶を入れなおすつもりらしい。

「……寂しいなんて思ったことはないわ。一人でいるのが普通だったし」

 ―――博麗とは、どちらにも傾がない天秤である。
 だれが、そんなことをいったものか。しかし、それは的確だ。
 幻想郷の守人が末裔は、そんな在り方を自らに課していた。それはすでに形骸している
感もあるが、おおむね霊夢も似たようなスタンスである。それが必要性からか自発的な考
えからかの違いはあるが。
 人間にも、妖怪にも荷担しない。ただ、この小さな庭を維持するために。
 それは果たして正しく、ここは夢と幻の桃源郷となった。

 けれどそれは、守人にとってのものなのか―――

 魔理沙は何か言おうとして、

「でも、誰かがいるのも普通だったわ」

 すぐに言葉を納めた。

 ―――そうだった。彼女はけして一人ではない。

 誰しも、一人の時はあるだろう。それがずっと続くこともあれば、終わることもある。
会者定離、一期一会、袖擦り合うも他生の縁。人の縁はかくのように紡がれる。
 けれど、彼女は本来の意味で一人であるときなどない。会者定離、一期一会など沈黙と
同じでしかない。
 必ず誰かが訪れると約束されているのであれば。

「今もこうしてあんたがいるしね。寂しくなんかない」

 彼女は、決して孤独ではないのだ。
 まさに超越。天秤の境界にある者は、全ての両天秤に属するものに触れつづけられるの
だと、すでに悟っていた。目先の孤独になど、惑わされるものではない。

「……ありがとな」

 魔理沙は、小さく言った。
 だがどうせ聴こえている。

 ごぉん。

 時計の鐘が百八に一つ足した。
 大晦日から、元日へ。
 歳をまたぐ、記念すべき一瞬だった。


「……今年もよろしくね。魔理沙」
「おう、よろしく」


 赤と白。黒と白。

 互いに微笑んで、当たり前のように祝いを交わした。

































「霊夢ー、二次会に来たわよー。人萃めるからよろしくぅ」
「魔理沙、頼んでた準備できてる? お嬢様がお待ちよ」
「おう。もちろんだぜ。あと竹林からも来るからな」
「あんたら何勝手に人の家を会場にしてるのよ!?」



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