石炭袋、というたとえを昔、どこかの詩人が物語の中で書いていた覚えがある。

「あんまり覗き込むと吸い込まれるぞ」

 冗談めかして友人はそういうが、実際に僕は吸い込まれているのだろう。宇宙船の壁と、
窓を隔てたまま、心だけが外に向かっている。
 宇宙は黒でも蒼でもない。平均化してしまえばベージュのような色になるらしい。ベー
ジュはあまり好きな色ではなかったが、学者たちの厳密な研究と観測の結果がそうなら従
うしかない。
 けれど、その集めたらベージュ色になる色彩を、今僕が見ているものは、何もかもをあ
ざ笑うように切り取っていて、代わりに黒い絵の具を貼り付けている。
 距離にして一天文単位。
 これほど離れていても、並みの船では吸い込まれてしまうという。
 怖いという思いはある。けれど、それ以上に興味がある。

 ―――染まらない黒が大好きだった。
 誰にも言わなかったことだけど、ともかく黒い色が大好きだった。
 幼心にもそれがマイノリティだというのは分かっていたから、周囲の人間には赤とか白
とか当たり障りのない色を好きだと言ってきた。けれど、実際はそうじゃなかった。全く
の逆で、その思いを払拭するために烏の雛を拾ってきたり、黒猫を飼って見たり、天体観
測の真似事をしてみたりしていたのだ。
 ただ、どれも本当の黒には遠いことを、成長するにつれて知っていった。
 本当の黒は、一切の光を飲み込むか、光から閉ざされたものにしかない。地上にあるも
のも、宇宙にあるものも、すべて光を反射することで僕たちの眼に止まる。

 ―――宇宙を目指したのは、とある天体の存在を知ってからだった。
 物理法則に縛られず、色に縛られず、ただ厳然とその存在感を周囲に撒き散らし、食ら
い尽くしていく獰猛な天体。超重力の申し子。だれもその真の姿を見たことがない、未だ
未知に包まれ続けている脅威の物体が、僕を魅了した。
 寿命が縮みそうな無茶をしてまで勉強し続け、ついに宇宙にまで上り詰めた原動力が、
その黒だった。

 そして僕はその目の前に立っている。太陽から冥王星までの距離を隔てていても、広大
な宇宙の中では零に等しい壁だった。
 これから、この船は後退理論に基づいた推進装置を用いて、あの怪物に突っ込んでいく。
吸い込む力に対して反発する力をぶつければ、重力の干渉を受けずに内部へ移動すること
が出来るという仮説に基づいての実験だ。もし実証されれば、特異点を直接観測するとい
う世紀の偉業に繋がるだろう。

 死ぬ危険はある。けれど、今の僕は死を恐れてはいない。

 永劫の黒―――ブラックホール。

 その中に抱かれるなら、むしろ本望なのだから。






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