透き通った青空。遮るもの無く広がる蒼天。ところどころに白雲が浮かび、空の青さを彩っている。陽光が燦々と降り注ぎ、吸血鬼には優しくない晴天を作っていた。
黒白の、ウィッチハットめいた頭部形状をした人型が空を飛んでいる。 相対するはこちらも黒白の、頭部と足先を赤で彩った人型。 「今日こそは勝たせてもらうぜ」 「こりない人ですね」 「健康第一肩こり知らずってな」 「胸部平坦ですもんね」 「五月蝿いな。五十歩百歩のクセに」 「私は下着をつける程度にはありますから」 「さっそく始めるぜ今日こそ落とすぜ落として引ん剥いて軒先に吊るして写真撮影だぜ」 霧雨魔理沙の操る人型機『霧雨』が動いた。右手に携えたミニミサイルマシンガンを構えて狙いも大雑把に撃ちまくる。 「そんなの当たりませんって」 射命丸文は乗機の『風神』を操作。飄々とミサイル弾幕を掻い潜り、『霧雨』に迫っていく。その速度は極めて速い。 「これだけ撃ってるんだから一発ぐらい当たってもいいと思うぜ!」 弾丸サイズまで縮小したミサイルをばら撒きながら、距離を保つべく後退する『霧雨』。『霧雨』の速さも相当なものだが、『風神』の方が速い。 「ご冗談を。これぐらいで被弾するようじゃ『風神』を乗りこなすことなんかできません」 言って文は兵装を選択。『風神』が腰の兵装マウントに右手をやる。 「流石に三度目ともなると飽きてきましたので……」 選んだ武器は酷い物だった。――魔理沙にとって。 ボックスマガジンのセミオートショットガンに大口径レールガンをアクセサリとして組み合わせた凶悪な代物である。文はこれを『烈風扇』と呼んで愛用していた。 「速攻で決めさせてもらいますね」 セフティ解除。 ポンプアクションショットガンには出来ない速さで散弾を三連射。 「く、おっ!」 機体を右へ左へ振って散弾を回避する魔理沙。回避しながらもミニミサイルをばら撒くが、 「すーいすいっと」 強力なECM防御システムでも搭載しているのか『風神』にはかすりもしない。 「正面角度からの攻撃だぜ! なんで当たらないんだ!?」 「腕と機体性能の差じゃないですかっと」 『風神』が左腕を『霧雨』に向けた。腕部の速射砲が唸りをあげて鉄火の驟雨を放つ。 魔理沙は『霧雨』を急降下させてこれを回避。左手で背中の武器パックからレーザーライフルを抜き撃った。高出力レーザーが残影を引いて『風神』を縦に両断する。 「当たりませんね」 一瞬早く機体を傾けて文はレーザーを避けた。お返しにショットガンを連射しながら『霧雨』を追う。急降下中に無理に攻撃を仕掛けた『霧雨』は回避が出来ない。五発中三発が命中し、レーザーライフルが手から吹き飛んだ。 「こなくそっ!」 半ばヤケ気味にミニミサイルマシンガンを撃つ魔理沙。だが『風神』は難なくかわす。 「風が味方をしてくれる私に!」 『風神』の背部スラスターを全力運転。蹴り飛ばされたように加速する『風神』。 「空戦で勝てるとお思いで?」 牽制射の速射砲とショットガンで文は『霧雨』を強引に黙らせた。シールドで防御に入った『霧雨』にさらに接近。 『烈風扇』のフォアグリップをポンプアクション。ジャカッという音と共にレールガンが起動する。 文の狙いを知るも、魔理沙には抗う術がない。既に間合いは回避不能距離。避けずに耐えるしかない。 「落として引ん剥いて写真撮影して記事にさせてもらいますよ!」 レールガン咆哮。火薬発射の砲弾を磁力が加速して驚異的な威力を発揮する。 対装甲狙撃砲の徹甲炸弾にすら耐えた『霧雨』のシールドがベゴリと凹んだ。 咆哮は一度に留まらない。二度、三度、四度、五度。フォアグリップが音を立てて前後し空薬莢を排出する度に、複合方式で撃ち出される砲弾が『霧雨』へ炸裂する。 三発目で『霧雨』のシールドは真中から拉げ、真っ二つに千切れた。 四発目が防御障壁ごと左腕を撃ち抜き、五発目が胸部第二装甲まで穿ち抜いた。『霧雨』の右手からミニミサイルマシンガンが零れ落ちる。 「はい。おしまい」 レールガン残弾ゼロ。そして『霧雨』の継戦能力もゼロ。勝負は決した。 「いいや。……まだだ!」 ミニミサイルマシンガンを失った『霧雨』の右腕が近づきすぎた『風神』の頭部を掴んだ。 「う、ウソっ!? わわわっ!!」 「ようやくとッ捕まえたぞこのパパラッチ!」 『霧雨』のカメラアイが光る。さらに半壊した左腕を伸ばして『烈風扇』をがしりと押さえ込んだ。 「ちょっ、何をする気ですか! 武器もなしにどうこうできると思ってるんですか!?」 文の言うとおりだった。『霧雨』には既に武器を使う術が無い。レーザーライフルとミニミサイルマシンガンは手を離れ、残った武器は背後のビームブルームとショットガンのみ。そしてどちらもこの状況では手にすることもできない。 だが焦ることなく魔理沙は言葉を紡ぐ。 「確かに武器は使えない。使えないが、パワーはこっちの方が上だ」 「だからって、どうだって言うんですか! 殴り合いでもしようと? 両手は使えず、この密着状況じゃ足だって使えませんよ!」 「ははは。ブン屋ならもうちょっと想像力を働かせろよ。そんなだから……万年弱小なんだ!」 魔理沙は『霧雨』と『風神』の位置を入れ替えた。そして、スラスターを全力で噴かす。二機は落下する隕石の如く地上へと落ちて行く。 「ちょっ! なななな何を考えてるんですかあなたわあ!」 「お前さんをぶっ倒す方法を実行することだぜ!」 「正気ですか!?」 「正気も正気だぜ!」 文には魔理沙が正気だとはとても思えなかった。やってることは人を巻き込んでの急降下――それも墜落上等で加速しながら――である。 「やだ! 離して! 離してください! 心中なんてごめんです!」 「大丈夫だ。このぐらいじゃ死なないぜ」 「死ななくても痛いのは嫌です!! 私の負けでいいですから離してください!!」 「『私の負けでいいから』ってフレーズ、言われるの嫌いなんだよな。勝ち誇りやがってって感じるんだ」 ドカッと、さらに加速する『霧雨』。『風神』もスラスターを噴かして拮抗しようとしているが、パワー差に負けている。 「いーやー! これ以上加速したら引き起こせないじゃないですかー!」 「引き起こさなくていいだろ?」 「ダメに決まってるじゃないですかあああ!!」 ぐんぐん地表が近づいてくる。 「高高度で繰り広げていた戦闘が地上で決着するというもなかなかオツなもんだな」 「どこがオツなんですかあ! たーすけーてーー!」 『風神』のコンソールが引き起こしを促すアラートを表示し、音を鳴らす。 「も、もうだめええ……」 「諦めたからそこで試合終了だ。ブン屋、冥土の土産に教えてやる」 冥土って死ぬんじゃないですか、と突っ込む気力すらもう文にはなかった。『風神』のスペックが最高クラスに優れていようと、この状況では最早大破は免れまい。操縦者である文が死ぬことはないが。 「こいつはな、相打ち覚悟の特攻じゃなくて……『ブレイジングスター』っていうんだ。嘘だけどな」 じゃあな、と言って『霧雨』は『風神』から手を離し、踏み台にして自身は急減速をかけた。 『風神』の全周囲モニターに映る『霧雨』が見る見るうちに小さくなっていく。 「……こんなデタラメで負けず嫌いな人に関わるんじゃありませんでした」 コンソールアラートは墜落まであと一秒と告げていた。 |