「やれやれ、夕飯までには帰れるといいけど」





『風水回廊』


 玄武の沢に立ち込める奇妙な霊気。
 慧音に頼まれ調査に向かった妹紅。
 しかしそれは三月精の巧妙な罠だった。

「……さっきからちょっかい出してる奴が居たと思ったら、やっぱりお前らってわけか」
「……ええと、あのー、そのー」
「……はあ」
「……逃げられなかったわねえ」
 玄武の沢の最奥。ひときわ大きく口を開け、深淵を覗かせている洞窟。その入ってすぐ
のところで、妖精が三人、奇妙な格好で静止している。足元に展開されているのは八卦を
原型にした特殊な方陣で、おそらくそれが彼女たちを拘束しているのだろう。
「いやいや、別段そういうわけでは……」
「言っとくが一度目で気づいてたぞ。誘い出したかったから気づかない振りしただけで」
「うげ」
 サニーが凄まじい顔をして押し黙った。その可能性などまるで頭に無かったのだろう。
そんな様子を見ながらスターがため息をついても、何も言い返せない。最初から勝ち目は
無かったのだ。
「全く、この暑い中でお前らに付き合ってられるほど暇じゃないんだから……さて、どう
したものかな。少しは灸を据えないと懲りないだろうし。サドの気は無いんだけど」
 そういいながら、その顔は意地悪く笑っている。何か酷い悪戯を思いついたルナに似た
顔である。明らかにまずい。
 必死で逃れようともがくが、魔陣にとらわれた体は指一本動かせず、まるで首から下を
土に埋められたかのようだった。他の二人もそれは同じらしく、まるで動けないようだ。
「……まあお前らは後回しでいいや。まずは仕事しないとねー」
 その言葉にルナは安堵の溜息をつきそうになるが、それが死刑執行を先に延ばしただけ
だということに気がついて、また悲壮な顔に戻っている。そのことに気がついているのか
いないのか、妹紅は掴みどころの無い表情でお札を張り巡らされた壁や天井を眺めている。
「…………あ」
 どうにかして逃げられないかともがいていたスターが、ふと右腕だけ自由になることに
気がついた。どうやらそこだけ結界の外に出ているので縛られずに済んでいるらしい。
 といっても腕一本で出来ることなどせいぜい高が知れている。せいぜいこぼれてくる汗
を拭うくらいにしか使えない―――そのはずだった。
 が、その手は洞窟の壁面に届く。
 そこには、何重にも張られた『玄武鎮護』と書かれた札の群れがある。
 玄武様を起こす―――ルナチャイルドの金言。
 もしその言葉が無かったならばスターサファイアは成す術も無く妹紅の毒牙に掛かって
いただろう。
 口には出さずルナへ礼を言うと、スターは動く右手を精一杯伸ばし、札へと手を掛け。

 ―――瞬間。
 洞窟が崩壊した。



 そして現れたものは―――



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