「それは、風の吹く紅い秋の日だった」







 ―――ここで、私、稗田阿求がこうして編纂されたはずの幻想郷縁起に急遽新たな項目
を追加せざるを得ない理由をお話したいと思う。
 知ってのとおり、幻想郷縁起とは幻想郷の風土や妖怪などについて記述し、人間へ役立
てるために生まれたものである。現在ではその意味も若干ズレてはいるものの、妖怪と対
等である人間の記述や最近の異変、また幻想郷の歩んできた歴史も含めて追記しているだ
けなので、その骨子に変更はない。……もっとも、妖怪のPRみたいな記事へと近づいて
いることは否定出来ないが。
 ともあれ、今回新たに追加した項目は、幻想郷の謎や説話、あるいは伝説について、で
ある。これもご存知の方は多いと思うが、幻想郷の成り立ちや結界が作られた経緯の詳細
な話については、ほとんど断片的な情報しか存在しておらず、ほとんど妖怪たちが握って
いる現状である。
 その中で、私はたまたま紅魔館へと就職した物好きな人間の口から、とある話を聞いた
ことが、この項目を追加するに至った直接のきっかけであると述べておく。その人物の名
については諸事情から伏せることにするが、その話の内容は奇怪かつ興味のそそられる、
まるで怪談のようなもので、失礼ながら私は作り話かとも思ったが、語る本人の怯えよう
からして真実であろうと断言せざるを得なかった。
 ―――この記事が最初に紹介するものは、紅魔館の謎と伝説についてである。
 私が彼の人間から聞き取ったところによると、紅魔館には七つの謎があるという。
 その詳細については彼女も殆ど知らず、いわばタブーのような状態だったが、あるとき
そのうちの、『蟲毒部屋』(※1)という怪異の一つについて聞き、また遭遇したことに
よってその存在を知ったのだという。
 今回は、幻想郷縁起新項目の、栄えある一つ目の記事として、この、『蟲毒部屋』なる
ものについて記述したい。




 〜 紅月朗々、蛍星粛々- Another side 〜





 ―――曰く、紅魔館には新しくメイドを雇い入れるために数多くの個室が存在している。
 強力な妖怪の拠点であるからして、その内部構造は、我々の尺度では測りきれないよう
な自由度を有しているらしく、部屋数や広さなどは外見に関わらず自由自在であるらしい
(※2)。そのため大量の妖精メイドを雇い入れても、決して手狭になることはない、と
いう話だった。
 彼女もまたその個室に居を構え、住み込む形で働いていたとのことだが、どうやら妖精
の役に立たなさは私が記事で書いた以上のものらしく、彼女はずいぶんと重宝されていた
ようだ。時おり重要な仕事もメイド長に代わってやらせて貰っていたそうだ。
 その折、たまたま空き部屋の掃除をしていたときのことだった。人手として宛がわれて
いた妖精たちが、その噂をしていたことが、物事の発端であるという。
『紅魔館には七つの秘密がある』
『奇妙な音のする空き部屋に入ると死ぬよりも怖い思いをすることになる』(※3)
 要約すると、この二点に集約されるらしい。
 そのときは、彼女は気にも留めず、妖精たちに仕事しろと叱責をした後に、みずからも
掃除を始めていたという話である。
 ……本題はここからで、彼女が幾つかの空き部屋を掃除し終え、とある部屋まで差し掛
かったときのことである。
 その時、彼女は奇妙な音を聞いた。
 例えると何かが這い回るような音であり、人や妖の立てるような音ではなかったという。
 彼女は当然疑問に思い、その部屋の扉を開けようとしたが、鍵が掛かっているらしく開
かなかった。空き部屋は基本的に鍵をかけていないから、これはおかしな話だった。誰か
が入居しているという話も聞いていない。
 どうしたものかと思った彼女は、ふと思いついてその扉の鍵穴を覗き込んだそうだ。
 何でも紅魔館の鍵はやや大柄に出来ているため、鍵穴から少しだけ部屋の中の様子がの
ぞきこめるのだという(※4)。

 そうして覗き込んだとき―――彼女はその部屋に詰まった大量の『蟲』を見た。

 それを見た彼女は恐怖のあまりに気絶し、それ以来、彼女は空き部屋の掃除が出来なく
なってしまった、というところで話は終わる。(※5)





 考えてみれば、あの屋敷には魔女も住んでいるわけであり、もちろん魔法を行使するこ
とも当たり前だろう。大量の虫を集めて行うことといったら『蟲毒』しかない。そう考え
れば在り得ない話でもない。
 ただ、この幻想郷において、そんな危険な呪詛など必要なのだろうか?
 この一点が疑問に残る。現在の幻想郷では、様々な争いごとに関しては弾幕ごっことい
うルールを解して解決を行っている。それを逸脱した人妖はたいてい、格上の妖怪や博麗
の巫女、あるいは強い人間などにぼこぼこにされて反省することになる。
 何より彼女は活動的ではなく、もっぱら本を読み著することが趣味である。わざわざ呪
いをかけるほどの恨みを持つ可能性は極小だと、私は推測する。
 では、なぜそんな噂が立ち、彼女が目撃したようなことがあったのか?
 これについては、未だ闇の中である―――

 余談だが、後日その空き部屋を調べたところ。
 部屋には何もおらず、鍵も掛かっていなかったという。

 もし紅魔館を訪れる物好きな者がいたら、決して勝手に部屋を覗かないことを勧める。
 そこに潜む蟲が、無毒とは限らないのだから。




(※1:見るからに虫っぽい話である。実際話の内容も虫に関している。)
(※2:羨ましい話である。)
(※3:実際、目撃したメイドは辞めてしまったようだ。)
(※4:プライバシー駄々漏れである。紅魔館の意外な弱点かも知れない。)
(※5:そんな目にあっても辞めないあたり、実に根性のある人物である。
    いずれ英雄伝に記載するかも知れない。)






「……あれ、私の出番は?」
「残念ながら、この予告は後日談よ。だから本編にいない阿求が語ってるんじゃないの」
「えええええええええ!?」





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