妖怪≠サれは、不思議な生命体……。
 精神に由来する生命でありながら、質量としての存在も併せ持ち、様々な出自と多様性、人間を一蹴する能力をも有する。
 時には人を襲い、そして貪る……。

 そうした妖怪の脅威から人間の生活を守るため、稗田家は妖怪の能力や対策、出現する危険地帯などを書き記し、書物として編纂し始めた。
 これが『幻想郷縁起』である。

 ――第百二十一季。

 稗田家が初めて幻想郷縁起を記してから、既に千年以上の年月が経過していた。

 博麗神社の近所に湧いた間欠泉と地霊を発端とする地霊異変=B
 事の成り行きと顛末を聞いた『稗田阿求』は、異変で新たに姿の確認された妖怪を幻想郷縁起に収録すべく、
 護衛の『霧雨魔理沙』と共に彼、彼女らの住まう地底へ赴く事にした。


「ところで……阿求よ」
「なんですか魔理沙さん?」
「お前さん……太ったか? なんか箒が重いんだが」
「報酬三割カット」
「いやいやいや!」





『太陽の光の下、鳥たちに挨拶をした。___
  そして、私達は地底への縦穴に突入した』___





「しっかりつかまってろよ」
 言うなり魔理沙は左へロール。反転する天地の中で機首を上げ、箒を縦穴の底に向けた。
 突入角九十度。
「へ……」
「エントリー!」
 穂先から星屑を吐き、魔法の箒は急降下を開始した。
「ひぃぃあああああああぁぁーーーー!」
 阿求のあられもない悲鳴が幻想風穴にこだまする。
「落ちる落ちる落ちるぅぅぅーー!」
「落ちないぜー。箒から身体を離さなきゃなー」


「よ、暇か?」
「寝てた……」
 網越しに手を上げた魔理沙にヤマメは目をこすりつつ答えた。横糸の一つを外して網の上にあがり、縦糸に座る。ふわあ、と大口を開けて欠伸を一つ。
「昼寝とは優雅だな」
「昨日の夜はちょっと蛍と頑張りすぎちゃって」
「蛍と、なんだって?」
 ぱしっとヤマメは口を押さえ、なんでもないと取り繕った。
「で、何? 何か用?」
「ああ。ちょっとお前さんについて教えてもらいたい」









『かつて、彼女は女神だった。_______
 しかし、今は緑色の目をした怪物。_____
 嫉妬と言う名の鎖が、___________
 彼女をここに繋ぎ止めているのか?』____






「――あぁ、そういえば」
「はい?」
「この辺には確か嫉妬に駆られたペルシャ人が居たような」
「波斯人? 海の向こうの人ですか?」
「まあ妖怪なんだが」
 魔理沙の言葉に阿求は首を傾げた。外来の妖怪だろうか? 紅魔館の住人のような。
「「箒に二人乗りなんて、仲が良さそうね。妬ましいわ」」
 ――不意にそんな声が聞こえた。箒の両翼から。
「噂をすれば、おいでなすった」
 やれやれ、といった表情で魔理沙は帽子の鍔を人差し指でクイと上げた。
 箒を挟むように二つの人影が現れた。
 爛と光る緑色の眼。肩の辺りで揃えられた色の濃い金髪からは尖った耳が突き出ている。
 ――橋姫の『水橋パルスィ』だ。
「双子さんですか」
 阿求は左右を交互に見ながら魔理沙に聞く。どちらのパルスィもほぼ同じ姿をしていた。
「いや、あいつのスペルだ」
 ちょいちょいと指で阿求を招き、魔理沙は小声で囁く。
「胸の大きさ見てみな」
 言われて左、右と胸の辺りを見比べてみる。――右の方が大きい。
「大きい方が偽者だ。欲深を引っ掛ける罠だぜ」
「……なるほど」
「「聞こえてるわよ」」









『活気で賑わう地下の旧都。________
 ここはかつて、______________
 地獄と呼ばれていた場所だった』______







 魔理沙について阿求は大通りを歩く。
「おい、そこの人間」
 ふと誰かに呼び止められた。現在旧都に人間は阿求と魔理沙しかいない。
 阿求が声を掛けられた方を振り向くと、腰まで届く赤い髪を黒いリボンでポニーテールにまとめた少女が、紙袋を抱えて立っていた。
 ちょっときつい目つきで阿求を見ている。
「私ですか?」
「ああ」
 短く言って少女は紙袋に手を入れた。音を立てて探り、たい焼きを阿求へと差し出す。
「食うかい?」
 目つきはきついが声音と表情は優しい。口の端から覗く八重歯もかわいらしかった。
「……いただきます」
 わけが分からないながらも、断るのは悪い気がしたので阿求は受け取った。
 少女はそれを見届けると赤い髪を翻して通りの雑踏へ消えていった。
「どした?」
 阿求が狐に抓まれたような顔をしていると、魔理沙が声を掛けてきた。
「知らない人からコレをもらいました」
「そっか。よかったな」
 そう言う魔理沙は口にみたらし団子の串を咥えていた。
「どうしたんですかソレ」
「そこの一本角の赤鬼がくれるっていうからもらった」
 指差す先では、甲冑のような姿が厳しい単眼一本角の赤鬼が、団子の屋台をやっていた。
 魔理沙の指にウィンクを返すように、特徴的な眼がグォンと音を立てて光る。
「……鬼?」
「身体が赤くて角が生えてるんだから鬼だろ。鉄っぽいけど」
(鬼なのかなぁ……)
 とりあえず阿求はぺこりとお辞儀をした。











『地上の妖怪は、_____________
 忌み嫌われた同胞を地底に棄てた。_____
 怨霊からも恐れられる彼女が住まう其処は……
「地霊殿」と呼ばれている』________








 地霊殿の主、『古明地さとり』はキッチンでなくリビングに居た。
 室内に通された阿求が見たのは、ソファーに座り、紅茶を飲んでいる少女の姿だった。
「いらっしゃいませ、稗田阿求さん。古明地さとりです」
 ――頭の上に猫。膝の上に猫。スリッパを履いた足の上にはコーギー犬という状態の。
 不意打ちに魔理沙が噴き出して笑い出す。
「『笑ってはいけない……』ですか。構いませんよ」
 俯いて口を押さえ、肩をぷるぷる震わせる阿求にさとりはそう告げた。
 慌ててペットをどかそうとも、赤面もしないところを見ると、体面などはあまり気にしない人物らしい。
「お燐、お茶の支度を四人分。私にもお替りをお願いします」
 と、さとりはティーカップをソーサーに載せてお燐に渡した。
「四人分ですか? 一人多いような」
「あの子がいるかもしれないから、一応ね」
「あ、分かりました」
 ティーカップを抱えてお燐がリビングを出ていく。さとりは来客者二人に席を勧めた。
「その前に、その頭の猫だけでも、どうにかしろよさとりん」
 くつくつと笑いながら魔理沙が言う。さとりは視線を上にやって「よく寝てますから」と答えた。どうにかする気はないらしい。
 二人はさとりの対面にあるソファーに座った。阿求がまだ笑っている魔理沙を肘で突く。
「初めまして。さとりさん」
「初めまして。ふむ、『幻想郷縁起第二期編纂に当たっての調査』ですか。
 名前も能力も知っているようですね。『人となりと姿を知りに来た』、なるほど」
 阿求が説明するまでもなく、さとりは目的を読み取っていた。心を読む程度の能力を持つ彼女には造作もない事である。
















『核融合とは……_____________
 人類の求めた夢。_____________
 手の届く事のない夢……。_________
 核融合とは……』_____________














「……お燐?」
「――実はさぁ」
 前置いて、お燐は言い難そうに口を開いた。
「最近、おくうがおかしいんだよ」
「おくう?」
「この先に居るお目当てのやつの事だぜ」
 疑問の声を上げた阿求に魔理沙が答える。
「なんかこの前の異変の時みたいな雰囲気でさ、自分の力に増長しちゃってるんだ」
「ふむ。叩きのめした後の方が付き合い長いからよく分からんが……」
「霊夢のお姉さんと魔理沙のお姉さんに負けてからは昔に近くなったんだけど、戻っちゃってるんだよ。
 まるで痛い目見たのを忘れちゃったみたいにさ」
「案外忘れてるのかもしれないな。鳥頭だし、あいつ」
「確かにおくうは鳥頭だけど。あたいらは動物だから一回痛い目を見たら本能的に忘れないはずなんだ」
 鳥頭鳥頭と酷い言われようだな、と阿求は思った。
「でも忘れてるんだろ?」
 魔理沙がそう聞くとお燐は顔を曇らせた。
「……分かんない。聞いてないから」
「聞けよ」
「おかしくなったの三日前にお風呂で滑って転んでからなんだよぅ!」
「三日あれば充分聞けるじゃないか」
「なんかおかしいとは思ったけど、異変の前と同じだって確信したのは今朝になってからだったんだもん」
「ちょっと待ってください」
 それまで二人の会話を聞く側だった阿求が口を挟んだ。
「三日前にお風呂で滑って転んだ、って言いましたよね?」
「言ったけど?」
「滑って転んでどこをぶつけたんです?」
「頭……あ」
「答えが出たな」









「フフ……。地上の刺客を焼き尽くして」
 空が制御棒に左手を添えて構える。先端に宿った光が膨張して、
「地上侵略の口火を切る!」
 火焔を思わせる色をしたレーザーの如き砲撃が箒の二人に襲い掛かった。
 魔理沙は右へ大きくローリングしてこれを回避し、オーレリーズビットを展開した。
 青、緑、赤、黄、四色の宝珠型のビットが魔理沙を守るように随伴する。
「倍返しだぜ」
 ビットと魔理沙の手から青を帯びた白いレーザーが撃ち返された。一斉五発の集束射撃。
 空はマントを翻して翼を打った。黒髪を靡かせて、五倍の数を撃ち返してきた魔理沙の射撃を避ける。
 左の手指がどこからとなくカードを取り出した。――爆符『メガフレア』
 急速に高まっていく空の妖力と熱量に、魔理沙の弾幕少女としてのカンが警報を鳴らす。
 CAUTION!!   CAUTION!!   CAUTION!!
 魔理沙は箒にケリを入れ、出力を引き上げて備えた。
「阿求、しっかりつかまってろ。絶対に離すなよ!」
 空がメガフレアを解き放った。巨大な火球が弾幕を成し、雨あられと容赦なく降り注ぐ。
 骨までも焼き尽くさんとする火球弾幕の中、星屑の軌跡を描いて、魔理沙の箒が疾った。
挙動の悪さを出力でカバーすべく、姿勢制御の魔力光を煌かせてメガフレアを掻い潜る。
 乗員保護の術式を通しても背中の阿求が呻きを漏らす過酷な戦闘機動。
「オーレリーズタイプB!」
 魔理沙はオーレリーズビットの射撃をレーザーから魔力弾に切り替えた。
 火球の瀑布には見劣りするも速射による射撃密度で勝る魔力弾の掃射が、空を狙って機銃の如く魔力の驟雨を降らせる。
 青く光の尾を曳き、高速で撃ち掛かる弾雨に空が動いた。鳥類の飛翔を思わせる飛び方でメガフレアの弾幕へ飛び込む。
 超高温超高圧である核融合の力を操る空に火球など涼風も同然だ。空は青い雨を後ろに連れて大きく旋回、魔理沙の後ろへと回り込もうとした。
 陽炎の向こうに揺れる空の姿を追って魔理沙もぐいと旋回した。タイプBの掃射を継続しつつ、最大火力を発揮できる正面に空を捉え続ける。
 尻を見せない魔理沙に空は旋回を中止。身体を引き起こし、機銃掃射に真っ向から突撃した。
 射線に対して垂直になるよう身体を小刻みに振って、迎撃の弾幕を掻い潜っていく。
(突っ込んでくる気か!)
 格闘戦の間合いに持ち込まれるのを嫌い、魔理沙は保つべく下がろうとした。だが箒の挙動が鈍い。
 その一瞬の遅れが空の肉薄を許した。制御棒が真っ向から突きに来る。
「ぐッ!」
 逃げられないと展開した防御結界が眼前に迫った制御棒を受け止めた。
 呻いた魔理沙の鼻先、手を伸ばせば届くところに空の顔がある。それがニヤと笑った。
 コンマ一秒の時間で魔理沙は箒を右へロール。
 後ろの阿求と共に身体を右四十五度に傾けた瞬間。制御棒から杭のような光のブレードが撃ち出され防御障壁を貫いた。
「ふおッ!」
 紙一重の回避劇。










「まずい! 逃げるぜっ!
 集中しているエネルギーが解放されたら……私とて無事じゃ済まない!」
「これが核融合の火ですか!」












『稗田阿求、地霊殿に行く』

























「……阿求、ちょっと手を離せ」
「え、はい」
 言われるがままに阿求は抱く腕を解いた。魔理沙が申し訳なさそうな顔をする。
「すまんな」
「え?」
 ――次の瞬間、阿求は打ち上げ花火の如く箒から射出された。
「きゃ、ああああああああああぁぁぁぁ!」












《ミアレ9(ナイン)イジェクト!》
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